はじめての方へ 試合ガイド&エントリー 試合結果&ギャラリー インスピ広場 インスピSELECT 増田吉彦プロフィール
増田吉彦の突撃インタビュー
 

第3回 石田洋平(いしだようへい)さん

突撃インタビュー第3弾は友人でテニスの師匠でもある石田洋平(以下洋平さん)コーチをインタビューしたいと思います!

増田吉彦と洋平さんとの出会いについて

僕が石田洋平さんと初めて出会ったのは大学二年生の時でした。


最初はルネサンス浦和の水曜日のレッスンのチーフコーチとアシスタントコーチの関係でした。 出会った頃、洋平さんはオーストラリアから帰ったばかり、全日本選手権本戦出場、国体選手にも選ばれるなど、波に乗っている頃でした。(あ、今ももちろん乗ってますよ♪)


テニスが上手く、背も高くて格好も良くて、頭も良い洋平さんはきっと性格は・・・なのかと思いきや、気さくでとっても良い人(^O^) 僕としては、そんな洋平さんとどうしても練習をしてもらいたい!


たまたま内海コーチに誘われて洋平さんとテニスをする機会があった時に、思い切って聞いてみました。(あの時は緊張しました。)


答はすんなりOK!


その頃の洋平さんと僕との実力差は、試合をすれば、0-6、0-6、1-6で負けるほど大きなものがありました。しかし、そんな僕とそれから今に至るまでどんな時でも練習してくれました。う~ん、今から考えるとレッスンフィーが発生していたら大変なことになってる~(><)ただ、どんな時でもどんな相手でも、自分次第で練習になるといい、真剣に練習をする洋平さんの姿に、僕はかなり憧れていました。その証拠に、その時、洋平さんに憧れて買ったラケットは今年で8年目になります。そんな洋平さんは、とても信頼出来て尊敬出来るお兄さん的存在です。ついつい紹介が長くなってしまいましたがじっくりお読みください!

ゲスト:石田洋平さん

現在の洋平氏

埼玉県内のクラブレッスン・プライベートレッスンを中心に活躍中。
DUNLOPスポーツのアドバイザリー・スタッフとして、講習会も行っています。
生徒さんからの信頼も厚く、非常に高い評価を得ています。

レッスンでは、テニスの素晴らしさを指導するだけではなく、テクニックの向上と試合などでどうしたら勝てるかなど、レッスンを受ける側の目線に合わせて、自分が経験してきた「技術・経験・考え方」などを惜しみなく、分かりやすく、丁重に指導して頂けます。

また国内主要テニス大会、草トーのトップレベル大会などにも参加しており、選手としても大活躍中です。その範囲は、日本だけに留まらず、海外大会にも参加、自分自身の向上も忘れず、座右の銘でもある「ベストを尽くす」を常に実行し、毎年進化し続けています。
県内屈指のプレイヤー今後埼玉と言えばテニスという位テニスに熱い町になるように、テニス界を盛り上げていきたいと抱負も語って頂きました!

さてこの現在の洋平氏が、ここまでに至る経緯を知るべくイタンビューさせて頂きましたので、是非皆さんも参考にしてください♪

テニスをはじめる

テニスを始めたのは、6才の時、チャンプラケットクラブにて。
そしてその後は一人で通えるテニスハレ大宮に移りました。そこには強い子達が沢山いました。 ある時初めて出た試合で準優勝!テニスが楽しくなりました。

その当時バックハンドストロークはダブルハンドでした(今現在はシングルハンド)。

そして、9才でスライスに目覚め、当時小学生でスライスを返せる子がおらず埼玉では負けなしでした。

ただなぜかこの時から太り始め試合に勝てなくなりました。 中学生時代は勉強を頑張りテニスは疎かに。

高校へ

高校は獨協埼玉に入学、1年間のブランクのためにダブルハンドでのバックハンドが打てなくなり、片手で打ってみようと思い、やり始めました。
結構やろうと思ったらすぐにやっちゃう性格でした。
当時、ストロークが嫌いで、サーブ&ボレーもするようになりました。
そして、1回目のターニングポイントが今でもダブルスを組むことがある、片桐選手(※現在、川口市役所所属)との出会いでした。
片桐選手は、洋平氏が2年生の時に入学してきました。当時から片桐選手はとても強かったそうです。まさか大人になり、国体の時に組むことになるとは、想像もしなかったそうです。

大学へ

高校卒業後、大学のテニス部に入学した片桐選手とは対照的に、テニスサークルへ。
なんとかテニスは続けていました。そして20才の時、榊原忠雄氏にオープン大会を回らないかと誘われ大会に出始める。 第1回目の平安京オープンで優勝。
それからJOP大会に定期的出始めました。
その後22才の時、大学卒業旅行を兼ねてオーストラリアへ10日間留学。その時ジャイ・グーディンという選手と初めて一緒に打ち合ったのですが、全く歯が立たない。甘い世界ではない、と思い本当にテニスをやめようと思った翌日に、オーストラリアで有名なゲブン・ヤローコーチがたまたま空いた1時間、レッスンしてくれることになりました。
するとレッスン後ゲブンコーチから、「洋平は面白いテニスをする。オーストラリアに来てみないか」と言われました。 しかし、帰国してからも気持ちの整理がつかないままでしたが、周りの応援もあり再びオーストラリアに行くことに決定。

オーストラリアへ

23歳 3月から5月までオーストラリアへ。
ジュニアの合宿以来のハードなトレーニングの日々。そして次の冬に再び渡豪し、オープン大会のマスターズ大会に出場。 ペアは、有名なパトリック・ラフターのお兄さんともダブルスを組むピーターさん。(結果はベスト4。)これもまたターニングポイントになりました。
ピーターさんの人柄は素晴らしく、パートナーを絶対に攻めないし、どうしたらいいかも真剣に考えてくれる。
そんなピーターさん(※しかもこの時ダブルスで世界ランキング10位くらい)が、どうして組んでくれたのかは定かではないそうです。ただ、留学時に練習してもらった時には、ひたすらボールに食らいつきました。そしてタイブレークだけを3回行い、2勝1敗!それ以来、よく練習に誘ってくれるようになりました。

このとき「練習で頑張ることが大切」だということがわかりました。

今までも練習の大切さは分かっていたと思っていたのですが、この時練習で頑張ることの大切さをよく理解しました。
オーストラリアから帰国後、埼玉県の県大会でシングルス優勝。全日本選手権本戦出場、その後、六年間埼玉代表として選手も監督もやりながら頑張りました。
そして、初めて出た国体でダブルスを組むことになったのが、高校生の時に切磋琢磨した片桐選手でした。
片桐選手は高校卒業後、法政大学の体育会に入り主将も務めたりと大学テニス界で活躍していました。
一方、洋平さんは、大学ではサークルに所属。
まさかまた組むことになるとは二人とも思っていなかったようです。

ターニングポイントがいくつかあるように思いますが、どう思われますか?

常に周りに助けられて、後押しされてきたと思います。

洋平さんにとってテニスとは何ですか?

まだ答は出ていないですが、 今の自分を作ってくれたものだと思うのでとても感謝しています!

洋平さんの今後の活動について

テニスを中心に頑張っていくのは当然ですが、色々なことにベストを尽くして挑戦を続けたいです!

石田洋平コーチのレッスンを受けたい場合はこちら

石田洋平コーチのプロフィール
ホームページお問い合わせ
石田洋平さん
石田洋平(いしだようへい)コーチ
プロフィール
ジュニア時代、チャンプRC→テニスハレ大宮に所属。

高校3年時(独協埼玉高校)、 富山インターハイ・ダブルスベスト16(/片桐憲作選手)

大学卒業後、オーストラリアにテニス留学。

Gavin Yarrowコーチ、Mark Handleyコーチを師事。

QueenslandでPro Tennis Courseを受講。

帰国後、日本ツアーに参戦中。
全日本テニス選手権単複本戦出場(/内海大孝選手) 日本ランキング最高位はS71、D51。

2001年~埼玉県の国体代表選手。

2004年埼玉国体で総合優勝(男子4位)。

2005年、Mal Murphyコーチのもと、 『TTTAA Professional Tennis Coach (Level 1)』を取得。
TTTAAとは「Tennis Teachers Training Academy Australia」の略。
 
REDSWAVE
   
提携試合会場
インスピリッツテニスクラブ インスピリッツテニスクラブ
〒338-0824 埼玉県さいたま市桜区大字上大久保1099